夏のイベント

久々の遠出。
といってもせいぜい御岳。
往路、復路はドライブを楽しみ、
行動中は心の洗濯。
それと同時に健康管理。


20070814

せっかくの夏休み。Ah! Never the less, Never the less.
誰も遊んでくれん。T哉は12日の夜からGirl Friendとお出かけ。若い内から女子なんぞにうつつをぬかしよってからに〜。
S司は土日関係なしで学校。帰りはいつも日付が替わってから、カカバスご指名である。
そしてかみさんはご近所情報ネットワークの会合か仕事のいずれか。
お菓子や玩具ではもう子供を釣る事は出来ない。中年親爺は孤独である。さっ、さびし〜い。

一家での唯一のイベント、8/12(日)の焼肉パーティーの後、雑務を月曜に済ませ8/14(火)早朝から出かける。傷心の御岳Hikeである。

4:30 a.m. 出発。早朝の19号、意外に車が多い。こんな早朝から行楽に出かける車もいるんだなあ。と思っていたら、前を走っていた乗用車2台が元橋で左折。ゲゲッまだお付合いしなくちゃならんのか。本来なら午前7時には田の原に到着していた筈。これも中高年登山ブームのおかげなのですかねえ。

7:45 a.m. 田の原着。45分の遅れ。開き直ってゆっくり準備を始める。
朝のお勤めの後、御岳を見上げながらコンビニオニギリを頂く。

日差しは強そうだが気温は低く冷んやりしている。この辺り、つい先程までガスを纏っていたようで所々まだ濡れている。

8:15 a.m. 出発。やはり3000m峰吹く風の爽やかさが違う。日差しも生半可でない。後頭部、首筋を焼かれないようハンカチカーテンを垂らして行く。


9:00 a.m. 樹林帯を抜けると八合目の檻に入ったお不動さん。全身から搾り出した汗が涼風に拭われて行く。やはり3000m峰の味わい、御在所には有り得ないものだ。


老若男女大勢の人達に混ざってひたすら歩く。見上げれば富士見岩、見下ろせば長野県西部地震の時に抉り取られた濁川下部の傷跡。


一口水の水場が近付くと桔梗やシナノキンバイが散見できるようになる。

奥の院への分岐にはまだ雪渓が残っていた。今年は雪が多かったようだ。見下ろせば三笠山は遥か下。


10:00 a.m. 九合目大のぞき。


10:20 a.m. 王滝頂上着。拍手の後、剣が峰へ。防風壁を出ると荒涼とした世界が広がる。


10:45 a.m. 剣が峰着。またもや拍手。その後北端へ。なんと鈴鹿でよく見かける山頂の標識板が取付けられていた。グレイと緑で彩色された木製浮彫りの看板である。同じ形状、彩色なので同一人物の作とみてほぼ間違いはないだろう。しかし奇特な方ですな〜。
山頂からの展望を満喫する。

小休止の後社務所裏からお鉢巡り。

北側へ回ると屏風のような磨利支天。その手前には賽の河原

北端からは二の池目指し下降。この斜面にはコマクサが多い。

11:55 a.m. 二の池畔に降り立つ。やはり今年は雪が多い。ここの雪渓も大きい。


12:00 賽の河原へ向かう。
一面のお花畑の中を行く。どうも目移りしていかん。

賽の河原への降り口から磨利支天を望む。時折雲が割れ青空が覗く。振り返れば剣が峰、一の池の辺りは雲に覆われたまま。

賽の河原を行く。ひとつ積んでは母の為、ふたつ積んでは父の為、幼くして命を落とした幼児達が積上げた石の山が至る所にある。それを覆い隠すように可憐な花が今が春とばかりに咲き乱れている。
この辺りまで来るとヨツバシオガマが多い。チングルマは既にワタスゲと化している。

12:40 三の池への降り口着。
三の池は後回しにして磨利支天の方へ向かう。と言っても今日はもうこんな時刻。磨利支天尾根末端からそのまま五の池へ降り、継子もパスかな? 磨利支天から北側はずっとガスに覆われたままのようである。景色が楽しめないのに何が悲しくてあんなにしんどい事やりたいものか。しかしなんでこんなに遅くなっちゃったんだろう。これも年の所為?


13:00 尾根末端着。やはり北側は一面のガスの海。とりあえず五の池目指し降り始める。
時折目を凝らして三の池を覗くがガスが濃くはっきり見えない。

分岐まで降りてきた所で三の池の横、磨利支天トラバース道から引き換えす。
道端には花々が咲き乱れている。この辺りは通る人も少ないようで花の数が違う。

適当な所で腰を降ろし三の池のガスが晴れるのを待つ。暫くするとだんだんガスが薄まり姿を現し始める。

さて、そろそろでっぱつ。


14:00 賽の河原東端着。
年を追う毎にここまで登ってくるのがきつくなってきた。よる年波には敵いませんなあ。


14:25 やっとの思いで二の池到着。これから剣が峰トラバース道をもう一踏ん張り。


14:40 王滝頂上着。ここからは降るだけ。なんだかどっと疲れが出てきたような。
余裕が出来た所為か二の腕後ろ側が妙にひりひりするのを感じる。腕を上げてみると真っ赤っか。良く見るとしっかり焼けている筈の腕も真っ赤になっている。そういえば顔も妙に突っ張る。
3000m恐るべし。御在所辺りで焼いていても3000mの紫外線の強さは半端じゃない。家に帰ってからが思い病まれる。
休むことなく降り始める。石飛びで軽快に降る。ついついハイペースとなり前の人達をどんどん追い越して行く。降りが速いのだけは昔と変わらない。登りは…、さっぱりですわ。


15:50 a.m. ほぼ降り終え、田の原湿原内の展望台へ。
もう一部紅葉しているナナカマドもある。

田の原湿原の桟道両脇にはおびただしい熊笹。地面は湿原とは思えないほど枯渇しており湿地帯の植物もなりを潜めている。もうこれは湿地帯とは言えない状態だ。古き良き頃の田の原は遠い過去の話なのか。

16:00 車に帰着。

今日はよく汗をかいた。余りにも気持ちが悪いので身体を拭き着替えてからでっぱつ。
温泉を探しながら帰途に就く。


おまけ
うしげの湯は去年温泉が枯渇して水道水の沸かし湯になっていた。おまけに600円に値上げしていた。ただの銭湯にそんな大金を払う訳にいかない。
黒石林道の途中に新しい温泉の看板を発見した。どうやらチャンピオンゲレンデの方へ降りて行くらしい。また登ってくるのも面倒なのでパス。
うしげの湯も当然パス。王滝村役場近くに【王滝の湯】の看板を発見。以前Sさんが「道が狭く行くのが大変だった。」と言っていた所だ。スキーシーズンでもないので大丈夫だろうと行ってみる。
が、結構遠い。その内未舗装路になってしまった。砕石が撒いてあるがこんなとこオフローダーでないと遠慮したい所だ。おまけに今日は箱入り娘のAuちゃんときている。跳ねた砕石で傷を付けるのも、腹を擦るのも嫌なので引き返そうかと思っていたら看板が目に付く。「諦めないで、後2キロ」余程諦めて帰って行く人が多いのだろうか?
看板に励まされてやっと到着。降りばかりで平均燃費表示が40km/Lまでいっていたのに、ふと見ると10数km/Lまで落ちていた。内心「来るんじゃなかった。」と思いながら中に入る。入泉料500円。「やはり欅の湯にしとけば良かった。」
しかし思ったより良いお湯でした。こんな辺鄙な場所なので秘湯という言葉にぴったり。
貸切かと思っていたら人懐っこい初老のおじさんがひとり。いろいろ世間話に花が咲く。
地元のおじさんだそうで腰を傷めて今日は湯治に来たのだとか。話によると竹下政権時の【ふるさと創生】の1億円で温泉掘削を行ったそうである。王滝村の人達は余程金儲けが下手なようである。下手というより有効な使い方を知らないのだろうか。こんな辺鄙なところに大挙して人が押し寄せるなんて事は絶対にない。くる人はスキーか山の帰りに立ち寄るだけである。道路沿いなら立ち寄る事も容易だが、こんな立地じゃあ道路を完全舗装にしても余程の物好きしか来ないだろう。この客の入りではせいぜい多めに見積もっても一日100人が限度。500円*100人*300日としても1500万円/年。管理人の給与、施設の償却費を1000万円/年と見積もっても、掘削費の1億円を償却するには20年かかる。一日50人しか来なければ赤字が累積し営業中止しかない。1億円はただで貰ったからどうでも良いのだろうか。こんなだからスキー場経営も破綻したのだろう。20年前のスキーブームの売り手市場が経営感覚を狂わせてしまったのかもしれない。50年近い歴史を持つ老舗スキー場の凋落はたとえ他人事でも寂しいものである。
温泉を出ると既に18時。いかん、早く帰らなくっちゃ。


2007年08月115日20時10分00秒 記

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