やっとかめ、天然公園

想い描いていた景色との相違に愕然とする。
創り変えられた記憶と30年間の自然の変化。
それらが重なり合いその結果がこの違い。
どんなに車を飛ばしても時の流れを遡る事は出来ない。
過去の思い出は遥かな時の彼方にしか無い。

20060805

目覚めると外はまだ薄暗い。曇っているのかな?と外を見るがよく解からない。
夏至を1ヶ月以上過ぎ、日の出が遅くなっているのかもしれない。
支度して外に出ると、晴れてはいるようだが湿気が多く、顔を出したばかりの太陽が紫に近い赤でぼんやりとしている。
まずは給油。満タンにしたら5千円もかかってしまった。レギュラーが140円/Lである。
昨夜の【NHKスペシャル】をつい思い出してしまう。砂糖キビから造ったエタノールを武器に国際的な代替え燃料市場創生を目論んでいるブラジル。アグリカルチャーとインダストリーの融合で国内雇用をも創生している。
欧州でも農産物収穫の後に残る膨大な有機廃棄物から軽油を抽出し、化石燃料からの脱却を目指している。(欧州車がディーゼルに力を入れているのは、これを見越しての結果なのである。将来を全く展望していないお役人の言いなりになっているどこかの政府、民間企業とは全然違うのである。)
先天的にエネルギーに対する民族的なヒステリーを持ち合わせている筈の日本国民の皆さん、とりわけ日本の指導者である筈の政府の皆さん、具体的なエネルギー戦略をどう描いているのですかねえ。靖国参拝なんぞ総裁選で議論するような問題でも無いだろうに。
そして全世界が断念したプルサーマルなんぞに、相変わらず国民の血税を注ぎ込んで一体何を考えてんだか。
化石燃料なぞを燃やすより年単位で空気中のCO2から得た有機燃料を燃やせば元の空気中のCO2に戻るだけである。増えも減りもしない、正真正銘のZero Sumなのである。
こんな脳天気で良いのだろうか。先の大戦もエネルギーに対するヒステリーから起こったものであることは歴史を習った小中学生でも知っている事である。

とかなんとか言いながら目下の最優先課題は、相変わらず化石燃料を使いどこへ行くか? なのである。やはり私も平和ボケの脳天気日本人なのである。
給油後、信号でUターン。この蒸し暑さではとても鈴鹿なんぞに行く気はしない。昨年の秋、田立へ行こうとして恵那山へ行った事を思い出した。「今日は田立。滝の飛沫でも浴びて来よう。」

7:15 a.m. 田立の滝駐車場着。片道101km。御在所より21km多いだけ。「な〜んだ思いの外、近いんだなあ。」

これなら冬に来るのも良いな。と思いながら直ぐ打ち消される。ここまで来たならもうひとっ走りで御岳。スキーの方が楽しいわなあ。
ここへ来る途中で思い出した。昔は本流の橋の手前に車を停めていた。橋を渡って直ぐの所に売店があり、その軒先から登山道になっていた。この道路が出来たおかげで売店は無くなっていた。
売店から歩くと結構な距離である。そしてこの道路が出来てから一度来ていた事も思い出した。
この道路が出来る前、T哉がまだ1才になる前にも一家で来た事がある。AE86トレノを買って間もない頃である。帰り、車に戻ったらフロントガラスが粉々になっていた。直ぐ傍に4-5人の若い男女がいた。きっとあいつらが犯人に違いないと思ったが証拠はない。しらを切られたらそれまで。苦々しい思いで割れたガラスを剥がし、血まみれになった手でハンドルを握りフロントガラス無しで帰宅した。あれ以来、ここ田立は私の鬼門として遠避けていたのだが、その後道路が延長されてから一度来たのも紛れも無い事実。余程暇だったのだろう。

あの売店、冬場は閉まっていたが営業中は店の前には水槽が置いてありジュースが冷やしてあった。
そしてSさんは帰りに必ずここでジュースを飲むのである。「下まで降りれば安いのに。」と思っていたが、「今日一日遊ばせて貰ったお礼だ。」と言うのである。それ以降は私も真似て飲むようになった。

そしてこの新しい(既に20年は経っているが)駐車場には整備協力金の投入ポストが出来ていた。この協力金を施設の補修、トイレ管理に充てているとの事。徴収の為に人を付けるような馬鹿な事はせず来訪者の良心に任せている。こんな事ならまるビの私でも喜んで払いたくなる。200円というのも払い易い金額である。
徴収する人の日当にしかならないような非生産的な事をやっているどこかの駐車場とは大違いだ。あんな所には意地でも払ってやらん。

今日はいつに無く前置きが長いですね。すみません。年寄りの戯言と聞き流してください。

7:30 a.m. 出発。日差しは強いが日陰に入ると冷んやりとした風が当たり気持ちが良い。
やはり来て良かった。今日辺り御在所なんぞに行ってたら体調を崩していたやも知れぬ。
暫く行くと目の前に歩道橋。否、鉄製の階段でした。塵(200円)も積もればこんなものになるのか? どこかの駐車場管理者に見せてあげたいですね。

ちょこまかと川原に出る。まあそう焦りなさんな。

7:40 a.m. しし岩の看板。「ああ、有ったなあ。」しかし昔と雰囲気が全く違う。今は辺り一面樹木に覆われているが、昔はもっと広々としていたような…。

そしてここまで来るのに結構時間を費やした筈。これも車道が延長されたおかげ。楽になって良いのかどうだか…。
ひとりで歩いていると思い出すのはSさんの事。なんで赤の他人の僕なんぞにあんなに良くしてくれたのだろう? Sさん以外の人達も皆よくしてくれた。当時の人達は新人に「教えてやろう。」なんて傲慢さは無かった。皆、「一緒に楽しみましょう。」というスタンスだった。素人相手に自分のスキルをひけらかすような人はいなかった。シゴキなどもなく、バテかけていたら、「そんなに重いんなら持ってやるよ。」と言ってくれる。そんな人達ばかりだった。
今鈴鹿で行き交う人達の中に、自分の経験をひけらかす人、素人を小ばかにする人が目立っているように感じるのは私の偏見でしょうか。有料ツアーで経験を積む人が増えた為、「元手がかかっているんだぞ。」とでも言いたいのでしょうか。そんな話を耳にする度、諸先輩方の顔と感謝の念が湧き上がってきます。

涼やかな樹林帯を行く。如何に低山とは言え、やはり鈴鹿とは空気が違う。匂いが違う。雰囲気が違う。
そうだ、植生も違う。辺り一面巨木が目立つ。杉、檜、サワラ、ヒバ、それらに混じって照葉樹もデカイ。一抱えも二抱えもあるような巨木がドカンドカンと立っているのである。

螺旋滝への降口は未だか未だかと探していたら有りました。でもここも雰囲気が違う。もっと日当たりの良い急斜面だった筈だが視界を遮る程の樹木がいっぱいなのである。30年も経てば木も育ちますわなあ。
8:10 a.m. 螺旋滝前に降り立つ。岩が濡れていて滑りやすい。良く見ると岩の表面に苔が付いていて黒っぽい。落っこちてドボンしないように気をつけて〜。


8:25 a.m. 霧ヶ滝。その上には天河の滝も見えている。うーん、デカイ。
自然の形にも魅了されるが、やはり量感とくにそのデカさに圧倒される。デカいものに畏敬の念が浮かぶのは人間の本能なのだろうか。大きい事は良い事だ。なんちって。

霧ヶ滝の巻き道にかかる。
急峻なリッジ状の右岸の小尾根を辿る。今でこそしっかりした木組みの階段が出来ているが、Sさんに初めて連れて来られた時はこんなじゃなかった。手摺も無く、滝の飛沫で凍りついたリッジは完全に蒼氷の壁になっていた。しっかりした手がかりが無いので腕力登攀すら出来ず足裏に全神経を集中させバランスクライミング。実際あの時は運を天に任せるしかなかった。そんな状態でもノーアイゼンなのである。
今日見るとここだけでなく、桟道、梯子全て木で出来ているものにはアイゼンの爪痕。これじゃあ傷みも早いでしょう。不要な所でもアイゼン着けてた人は協力金に+100円お願いします。
所々に朽ちた桟道や梯子が残っている。土砂崩れ、雪崩などで壊れたものか。30年前はここを通っていたのかと思うと感慨ひとしおである。


8:35 a.m. 天河の滝着。デデデデデケ〜。

こんなにでかくても2月の全面氷結時には氷の粒が山のように盛り上がり取付き点がぐっと高くなるのである。そして登攀距離はハーフピッチくらいまで短くなってしまうのである。こうなりゃノーザイルでもOK。済みません。チョット大袈裟過ぎました。真に受けないで下さい。
氷をやらなくても一見の価値はあります。水色に輝く白い氷瀑、シャンデリアのような模様の付いたつらら。是非2月10日前後にいらして下さい。

巻道を辿り真横からパチリ。そして滝上へ。


不動滝の下の岩。ここは岩全体が真っ黒の透明氷に覆われるのである。

ここの吊り橋を渡るとジグザグの桟道。その横には不動滝。ここまでが落差のある滝でその上は滑滝の連続。源流の様相を呈してくるのである。

不動滝中腹にはピンクのシモツケソウ。これはツユツキソウ(露付きそう)

8:55 a.m. 不動滝、滝上着。この滑の連続を御覧あれ。

そうそう不動岩への分岐の吊橋にもうひとつ高低差のある滝がありました。名前? 知りません。観光課にお問い合わせ下さい。200円払った方にはお教えしましょう。

その後は箱庭の連続。最後の橋までは沢沿いの方が楽しいでしょう。

このエメラルドグリーンの渕からは、沢から離れ左岸の斜面を登ります。冬は道が解かり難いですが何処でも適当に登れば林道に出ます。


9:30 a.m. 林道に抜ける。
ここまで来ると対岸の稜線が望める。この辺り独特の雰囲気である。熊笹が地面を覆い、背の高い杉、檜が疎らに立っている。

この林道、昔はガラガラの砕石道で歩き難いったらなかった。車で走ったらバーストしそうなくらい砕石という砕石が刃を上に向け待ち伏せしているのである。しかし石の表面の刃も長い年月の内に角が取れ丸くなっている。石も人も同じやなあ。
おまけに砕石の隙間は細かな砂や土に埋められ道路表面が凄く平らになっているのである。
昔はこの林道歩きが厭だった。しかし今日は思いの他早く着いてしまった。

10:00 a.m. 林道終点着。いや、昔はまだここから林道が続いていたように思う。だから行き過ぎると天然公園への入り口を見逃してしまうのである。しかし今日見る限りここで林道は終わっている。おまけにびっくりするくらい大きな天然公園への看板が立ててあり木組みの階段まで有るのである。こりゃ見逃す訳ねーな。
林道を離れ天然公園へ向かう。やはり様子が違う。この辺り背の低い熊笹だらけで視界を遮るような木は一本もなかった。三角形の非難小屋も道から見える所に建っているのが何処からでも見えた。それが今日は周りがなにも見えない。変ったなあと思いながら歩いていると湿地帯の一角に飛び出す。

「ええ〜、こんなふうだったっけ?」この辺り背の高いものは立ち枯れの木だけだった。それが猫の額程の湿地帯だったらしい所を残し、周りは笹と高木ばかり。桟道下には柘植が繁茂している。

10:20 a.m. 天然公園の中心部らしい所着。下の写真の有様。

周りの樹木に遮られ、御岳も中央も見えない。
想い描いていた景色との相違に愕然とする。
創り変えられた記憶と30年間の自然の変化。
それらが重なり合いその結果がこの違い。
どんなに車を飛ばしても時の流れを遡る事は出来ない。
過去の思い出は遥かな時の彼方にしか無い。

いつ造られたのか櫓が建っていた。登ってみると御岳、中央が薄紫色に煙っていた。

それでも昔の景色とは違う。いや僕の記憶が違っているのだろう。人の記憶なんてこんなものさ。

静かだ。聞こえるのはウグイスの声と風の音のみ。そうなんです。鈴鹿と違いホトトギスなんて全くいません。当然カッコーも。
突然大きな爆発音。いや、紅茶を沸かそうと点けたコンロの音。自分でたてた音にビックリするなんて変なおっさん。


11:10 a.m. 出発。

天然公園をグルッと一周してから来た道を引き返す。しかし、湿地帯は最初に見たあの一角のみ。
ここも貧栄養湖から富栄養湖になってしまったか。おまけに水はけが良くなって水溜りなんて無いじゃないか。

帰りは不動岩経由とする。沢から這い上がってきた地点を素通り。素掘りトンネルを抜けると直ぐ不動岩への降口


不動岩の上から覗き込むとキンキンが縮み上がる。縮み過ぎて痛くなるほど。「あ〜、快感!」

降りきると??滝の上。


後は午後の日差しを受けた滝見物。朝方よりは明るいでしょう。

不動滝落ち口から真下です。ああ〜、キンキンが〜、カ・イ・カ・ン。


滝下のシモツケ狙いで桟道から離れる。落っこちないよう、そ〜っと、そ〜っと。


そして今度は天河の滝の落ち口から。「しょえ〜っ。氷が付いてないとこんな恐い所なの?」またまたキンキンが…。


中腹樹間から。その後下から。

う〜む、やはり下からの方が安心です〜ぅ。

霧ヶ滝中腹からと朝写真を撮り忘れた巻き道。(傾斜が分かるかな?)そして下から。


不動岩展望台から。朝より光線が良いですね。真新しいボルトが打ってあったけど誰か登っているのかな?勿論人工ですよね。


13:30 車に帰着。
帰り道に温泉は無いから、ここで身体中の汗を拭い着替えを済ませる。
あれっ、この水槽、あの売店にあったやつじゃあ?


そしてここが売店があった所です。右に折れる道路の辺りに売店があり、軒先を通り写真の真ん中辺りへ真っ直ぐ進むと登山道になっていました。今では面影すらありません。


帰りは坂下へ抜けそこから19号。中津川あたりに温泉は無いか?と探しながら走りましたが見つけることあたわず。
昔よりずっと工程が短くなり疲れることもない筈なのに身体がだるい。足が重い。
温泉に入れなかったせいと言うよりやはり年食ったせいと言うべきか。


2006年08月06日01時05分00秒

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